Home / ホラー / 霊聴古物商 槻島蓮の怪異ファイル / ファイル1 第2話:古物商の“耳”と呪われし古書の“聲”

Share

ファイル1 第2話:古物商の“耳”と呪われし古書の“聲”

last update publish date: 2025-12-15 20:00:27

 薫に突き出されたスマホを前に、俺は面食らっていた。

「とにかく、この動画をまず見てください」

「って、いきなり何だよ! 動画ぐらいURLを送ればいいだろ」

「そんな事したって、先生は絶対に見ませんよね?!」

 薫はそう言って口を尖らせた。俺は図星を突かれ、ぐっと言葉に詰まる。

「……まあ、折角来たんだ。茶でも淹れてやる」

「あ、私やります!」

 そう言うと薫は、慣れた手つきでテキパキとお茶を淹れる準備を始めた。

 四方儀薫は、神保町にある古書店の娘だが、昨今の書籍のデジタル化や、そもそも本を読む人口の減少により、店番をしていてもヒマらしい。

「先生~、ちょっとは台所掃除しなきゃ駄目ですよ。カビだらけになっちゃいますよ、まったく!」

 彼女が俺を「先生」と呼び、こうして押しかけてくるのには、半年ほど前のとある事件のことを話す必要がある。

***

 俺、槻島蓮は、この自宅のアパートで古物商を営んでいる。古物商といっても、大手が扱うような古書や漫画がメインではない。俺の専門は、古いいわくつきの品――オカルトまがいの品々を仕入れ、ネットでさばくのが仕事だ。

 その日は、地方へ買い取りに出かけていた。その帰り、ついでに引き取ってくれるよう頼まれた本を売ろうと、薫の父母が経営している古書店に立ち寄った。

 店主と世間話を交わそうとした、その時だった。頭蓋骨の内側に直接響くような、不快な“声”が聞こえてきた。

『……お前の肉……命を……喰らう……』

「うっ!」

 声と同時に、人が倒れる音がした。音のしたほうを見ると、店主と思われる人物が胸を押さえて倒れていた。

「!……お父さん……どうしたの?」

 奥の方から慌てて、娘が駆け寄って背中をさすった。

 俺は“声”の主――書棚の隅で異様な気配を放つ、古びた革張りの本に駆け寄った。

 それを掴んだ瞬間、焼けつくような冷気が腕を走り、思わず本を落としそうになる。

「お前か?!」

『……邪魔……するな』

 声と同時に、本を掴んだ腕から脳に向かって、純粋な「憎悪」の奔流が流れ込んでくる。俺は歯を食いしばりその悪寒をこらえ、その本を掴んだまま店を飛び出し、自分の車に戻った。

 後部座席に積んだ段ボール――仕入れた「商品」のストックだ――をかき分け、目当ての破魔矢を探し出す。

 それを本の表紙に強く押し当て、再び古書店に駆け込んだ。

「大丈夫か?」

 店主は、床に座り込み、荒い息を吐いていたが、破魔矢が効いたのか、峠は越えたようだった。

「貴方は一体……?」

 娘の方が俺に聞いてきた。俺はそれには答えず、

「この本に何かが取り憑いていた。……大丈夫、今はこれで押さえ込んでいる。近くの寺でお焚き上げがあれば、その中に紛れて燃やしてしまえばいい。それと、店主は念のため病院に。この本の破魔矢はテープとか、紐で外れないようにしといてくれ」

「はい。ありがとうございます。それで貴方は?」

「俺は槻島という。本当は本を売りに来たんだが、それどころではなくなってしまったな。明日また来るよ」

 店主が少し回復したのか、起き上がってきた。

「ううっ……すっかり世話になってしまったようだ。後日お礼をさせて欲しい」

 そんなことがあってから、薫は「先生!」と俺を慕い、何かと言えば事件のネタのようなものを見せてくるようになった。しかし、これまでのところ、薫が望むような怪異が関わってくるような事件はなかった。

***

「どうぞ」

 薫は緑茶と共に、スマホを差し出してくる。外はまだ暑さが残るためか、緑茶には氷が浮かんでいた。俺はその気遣いを嬉しく感じながら、緑茶をすすり、動画を見てみた。

「これは!」

 動画を見ていた俺の反応を見て、薫の目が輝いた。

「な〜んて、言うとでも思ったか? 薫」

 俺は薫の淹れてくれた緑茶をすすりながら、あからさまに驚いている薫の表情を見て、ケタケタと笑った。

「えっ!! だってどう見たって……」

「いや、だってなぁ……これ、配信者の仕込みじゃねえの? だって随分再生数が伸びてるんだろ?」

「えっ、でもコメント欄にも『彼の姿を見てない』って」

「それこそ仕込みじゃねえか」

「でも、それにしては随分真に迫っている感じがしませんか?」

「ん?」

「私、念のため、この配信者の過去の動画も見てみたんですけど、こんな感じじゃなかったですよ」

「そこは……再生回数を伸ばそうと、必死だったんじゃないのか?」

「でも、こんなやり方しちゃうと、次はやりづらくないですか?」

「それもそうか……一応もう一回再生してみてくれないか?」

 俺は右耳につけていたイヤホンを外し、改めて動画の音に意識を集中させた。

 再生されている動画から微かに聞こえる……これは……

「薫、これはひょっとするかもしれない……この場所はどこなんだ?」

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 霊聴古物商 槻島蓮の怪異ファイル   ファイル3 第10話:黒い遺産と、夜明けの脱出

     黒い人魂――ゼロが去り、静寂を取り戻した研究所。 俺たちは氷室が陣取っていた制御室に戻り、手がかりを探した。 主を失ったメインコンソールは沈黙していたが、奥の壁に埋め込まれた、見るからに頑丈そうな隠し金庫が目に止まった。「……これだな」 俺は商売道具のピッキングツールを取り出し、鍵穴に差し込んだ。氷室のような性格の人間は、最も重要なものを肌身離さず、かつ物理的に隔離して保管したがるものだ。 カチリ、という微かな音と共に重い扉が開く。 中に入っていたのは、一本の旧式の大容量ハードディスクと、数冊のファイルだった。ファイルの背表紙には『Project Akasha - Original Log / Kuga』とある。「久我教授の、オリジナルの研究記録か……」 パラパラとページをめくる。そこには、非人道的な実験の数々と共に、それに異を唱えた研究員たちの「処分記録」も冷徹に記されていた。「……あった」 俺の手が止まる。『監視強化対象:主任研究員・槻島修一、および妻・玲子』の項目。 そこには、実験の停止を訴える父の上申書と、それが却下された経緯だった。「……先生、これ」 薫がファイルの間からこぼれ落ちた封筒を拾い上げた。 封筒には『押収品:槻島修一 私物』と事務的なスタンプが押されている。中に入っていたのは、一枚の色褪せた家族写真と、ボイスレコーダーだった。 俺は震える手でレコーダーの再生ボタンを押した。ノイズ混じりに、父の声が流れる。『……もし、私が死に、このテープが誰かの手に渡っているなら、私の研究者としての良心は敗北したということだ。だが、これだけは遺しておきたい』 父の声は、死を覚悟したように静かで、力強かった。『私も初めは久我教授の理想に共鳴した。しかしこの研究の犠牲の多さは異常だ。ことが事だけに動物実験ができないとはいえ、次の実験を最後にできるよう教授を説得するつもりだ。私が

  • 霊聴古物商 槻島蓮の怪異ファイル   ファイル3 第9話:捕食する虚空と、解き放たれた災厄

    『キカセテ……モラッタ……ゾ……!』 空気を震わせるその声は、鼓膜ではなく、脳髄に直接響くようだった。 氷室の隣に開いた黒い裂け目。そこから這い出した「それ」は、人の形を模してはいたが、中身は空っぽの闇だった。輪郭が陽炎のように揺らぎ、周囲の光を貪欲に飲み込んでいる。「な、なんだこれは……!?」 氷室が狼狽し、後ずさる。「私のセンサーには何の反応もなかったぞ! どうやって侵入した!」『シンニュウ? チガウナ……』 黒い影が、嘲笑うように歪んだ。『オレハ、ズットココニイタ……。ココハ……ミオボエ……アル』「見覚えが……ある……だと? まさか、君は……『被検体ゼロ』なのか?」 氷室の表情が、驚愕から歓喜へと劇的に変わる。「そうか! 成功していたのか! これこそが、肉体を捨て、情報体へと進化した人類の姿……神の領域!」 氷室は狂気に取り憑かれたように両手を広げ、黒い影へと歩み寄ろうとした。「素晴らしい! さあ、私にデータを見せてくれ! 君の中で何が起きているのかを!」 だが、黒い影――ゼロは、氷室の歓喜など意に介さず、低い声で唸った。『……久我(クガ)ハ、ドコダ?』「え……?」 氷室が足を止める。「久我……教授のことか?」『ソウダ。オレタチヲコンナ姿ニシタ、諸悪ノ根源……。久我ハドコニイル?』 ゼロの身体から、どす黒い殺気が噴き出し、氷室へと向けられる。その物理的な圧力に、氷室はたじろぎ、腰を抜かしたように後退った。「く、久我先生はもういない!」

  • 霊聴古物商 槻島蓮の怪異ファイル   ファイル3 第8話:狂気の継承者と、虚空からの帰還者

     ウィィィィン……。 正門の分厚い強化ガラス扉は、俺たちが近づくとセンサーが感知し、滑らかに左右へ開いた。外見は蔦に覆われた廃墟のはずなのに、自動ドアの機能は生きていたのだ。「……空調が効いています」 薫が身震いして言った。一歩足を踏み入れると、そこは外界とは隔絶された別世界だった。 外の湿った熱気とは無縁の、冷たく乾燥した空気。磨き上げられた大理石の床。天井にはモダンなLED照明が煌々と輝き、広々としたエントランスホールを無機質に照らし出している。『――ようこそ、神去島へ』 突然、ホールに設置されたスピーカーから、理知的だが冷ややかな男の声が響いた。外にいたゾンビたちのようなノイズ混じりの声ではない。明確な殺意と知性を孕んだ声だ。『待っていたよ、侵入者諸君。……さあ、奥へ来たまえ。話し合おうじゃないか』「……話だと?」『そうだ。君も、ただ暴れに来たわけではないだろう? 知りたいことがあるはずだ』 ホールの奥へと続く廊下の照明が、誘うように順に点灯していく。「……どうしますか、先生」「行こう。どのみち、親玉を叩かないことには始まらない」 俺は妖刀の柄に手をかけ、警戒しながら廊下を進んだ。 突き当たりの重厚な扉が開くと、そこは巨大な観察室だった。正面の強化ガラス越しに見下ろせるのは、数々のカプセルと複雑な配線がのたうつ、地下実験場だ。 さらに奥へ進むと、壁一面がガラス張りになった広いオフィスのような空間に出た。 そのガラスの向こう側――制御室とおぼしき場所に、一人の男が立っていた。白衣を纏った痩身の男だ。神経質そうな眼鏡の奥で、感情の読めない冷たい瞳が俺たちを見下ろしている。 ガシャーン! 入ってきた扉が、背後で重々しい音を立ててロックされた。「私がこの施設の管理者、氷室だ」 氷室は、ガラス越しに俺たちを見下ろした。それは人間を見る目ではない。シ

  • 霊聴古物商 槻島蓮の怪異ファイル   ファイル3 第7話:青き業火と、不動の結界

     日が落ち、森は漆黒の闇に包まれた。 俺たちは詰め所の外、少し開けた広場の中央に、枯れ木や油分を多く含んだ松の枝を積み上げ、即席のキャンプファイヤーを組み上げていた。 朔也が重い枝を引きずりながら、顔を引きつらせる。「おい、山火事にでもなったらどうするんだ。延焼したら、詰め所に逃げ込んだ俺たちも酸素欠乏で死ぬぞ」「この島は湿気が多い。それに今は海側へ風が抜けている。……たぶんな、延焼はしないさ」「『たぶん』で放火するな! まあいい、そっちは俺が何とかしてやる」「何とかって、どうするんだ?」「ふっふっふ。俺を連れてきたことを、涙を流して感謝させてやるさ」 若干の不安はあったが、悲観的になられるよりはマシだ。「期待してるぜ、お坊ちゃん」 文句を言いながらも、朔也は真面目に動いた。こういう局面で手を抜かないのは、育ちの良さゆえの生真面目さだろうか。薫も手際よく、投げつけるための松明(たいまつ)を何本も作ってくれた。「よし、準備完了だ」 俺はライターを取り出し、枯れ葉の山に火をつけた。 パチパチと音を立てて、オレンジ色の炎が燃え上がる。闇夜に浮かぶ焚き火は、この不気味な島において、獲物を誘う強烈な「餌」となった。 ガサガサッ、ガサッ……! 森のあちこちから、枝をへし折るような不気味な音が近づいてくる。「……来たぞ。薫、お前は先に詰め所の中へ! 菊千代もだ!」「ひっ……! き、来やがった!」 朔也が俺の後ろに隠れる。「ビビるな。もっと引きつけろ。奴らが密集するまで待つんだ」 俺と朔也は、詰め所の入り口脇に身を潜め、松明を手に機を伺った。 炎に照らされ、十体、二十体とゾンビ共が広場に集結していく。奴らが互いの肩が触れ合うほどに焚き火を囲んだ、その瞬間だ。「……今だ!」 俺は叫ぶと同時に、火のついた松明を、奴らの中心――一番密集してい

  • 霊聴古物商 槻島蓮の怪異ファイル   ファイル3 第6話:錆びついた休息地と、反撃の狼煙

    「……おい、あそこに小屋があるぞ!」  逃走の最中、朔也が指差した。背後からは、あのゾンビ共の無機質な足音が執拗に追いすがってきている。  森の少し奥まった場所に、蔦に覆われたコンクリート造りの平屋が見えた。かつての警備詰め所か、資材倉庫の成れの果てだろう。「……待て、真っ直ぐ行くな」  俺は朔也の肩を掴んで引き止めた。 「おそらく、あいつらの索敵は視覚と音響に依存している。一度大きく迂回して死角に入り、視線を切ってから滑り込むぞ」 俺たちは藪の中を這うように進み、建物の裏側へと回った。  追っ手のゾンビ共は俺たちの姿を見失い、そのまま森の奥へと直進していく。やはり知能は低い。プログラムされた単純な索敵行動しかできないようだ。「今だ」  俺たちはその隙を突き、音もなく廃墟へと滑り込んだ。  朔也が慌ててドアを閉め、錆びついた閂(かんぬき)をそっと降ろす。  室内は重苦しい静寂に包まれた。外からは、遠ざかっていく唸り声と、草木を踏みしめる乾いた音だけが聞こえる。「はぁ……はぁ……撒いた、のか……?」  朔也が埃っぽい床にへたり込み、声を潜めて言った。 「ああ。だが油断はするな。……薫、大丈夫か?」 「はい。……それより先生、左手を見せてください!」  薫が救急セットを取り出し、俺の手を強引に取った。 「……かなり深く切れています。血は何とか止まったようですが……」 「平気だ。骨まではいってない」 「平気なわけないでしょう! あんな……自分の手を刀に突き出すなんて……」 薫の手が微かに震えている。彼女はテキパキと消毒をこなし、包帯を巻きながら、今にも泣き出しそうな顔で俺を見上げた。 「もう、あんな無茶はしないでください。……怖かったです」 「ああ……悪かった」  潤んだ瞳で見つめられ、俺はバツが悪くなって視線を逸らした。「……おい、睦まじいところ悪いが」  朔也が、顔を青くして口を挟んだ。その言葉に薫が肩を跳ねさせ、弾かれたように俺から離れた。暗がりでも分かるほど、彼女の頬が朱に染ま

  • 霊聴古物商 槻島蓮の怪異ファイル   ファイル3 第5話:妖刀の偏食と、死せる操り人形

    『血だ!! 血をよこせ!』 鞘から抜いた妖刀は、いつものように血を求め、耳元でわめき始めた。 ヒュンッ! 風を切る音とともに、男の腕が俺の目の前を掠めた。速い。だが、その程度の速度では、この妖刀の敵ではない。妖刀を手にした俺の身体は、剣の達人にも比肩する精度で、最適解の軌道を描く。「先生!」 薫の悲鳴を背に、俺は小手調べとばかりに男の腕を一閃した。 ズバッ! 妖刀がその腕を斬り飛ばす。だが、切り口から飛散したのは鮮血ではなく、どす黒く濁った防腐液のような液体だった。『不味い! 何だこれは! 腐っているぞ!』 脳内に、妖刀の露骨な不満と嘔吐感が流れ込んでくる。『ア……ガ……』 しかし、男は止まらなかった。痛覚など存在しないかのように、残った片腕で俺を掴もうと肉薄してくる。「なっ……!?」 俺は紙一重でその手をかわし、返す刀で頸を薙いだ。 ズシャァァァ!!!「ゾンビだか何だか知らないが、首を落とせば動けまい!」 頸椎ごと断たれた頭部が転がると、男の身体は今度こそ活動を停止した。「ひぃぃぃっ! こ、こっちに来るな! 汚らわしい!」 ふと気づくと、別の個体が現れ、朔也に向かって突き進んでいた。朔也は腰を抜かしそうになりながら、無様に逃げ惑っている。『ヴヴヴ……』 菊千代が低く唸るが、飛びかかろうとはしない。どうやら菊千代も、この「死体の臭い」を本能的に嫌がっているらしい。「チッ!」 俺は朔也を狙うゾンビへ向け、一気に間合いを詰めた。『あの血は不味い!! 寄越すな!!』 斬りつけようとした瞬間、妖刀が強烈な拒絶反応を示した。振りかぶった刀が、見えない力に阻まれたように空中で静止する。「くっ、この偏食家め! 贅沢言ってる場合か!」「おい朔也! お前のお得意の術で動きを止めろ!」「き、貴様に命令される筋合いは

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status